野生動物の飼育は、古代エジプト王朝時代(B.C.3000年頃)に遡り、中国では周の文王の時代(B.C.1500年頃) に「知識の園」と称して動物を飼育した記録が残されています。 古代から近代における動物のコレクションの特徴は、王侯貴族を代表とする特権階級の富と権力の誇示や趣味として発展してきました。 動物学的研究を目的とした現代的な意味での動物園については、1828年にできたイギリスのロンドン動物園がはじめてと されています。このロンドン動物園の設立を契機として、ヨーロッパ各都市やアメリカにも次々と動物園が設立されていきました。 日本では、1882年(明治15年)にそれまで東京内山下町にあった山下博物館が、上野の地に移転し、それと併せて附属動物園として開園したのが上野動物園で、 これが日本の動物園の始まりです。 現代における動物園の社会的な役割は、
の4つが主要な柱とされています。 このことは、世界的な潮流でもあり、横浜市の各動物園においても、この「4つの役割」を軸として、事業を展開しています。 「調査研究」と「レクリエーション」は、「種の保存」と「環境教育」を両側から支え、推進する牽引力となり、4つの役割がバランス良く発揮されることによって、 「種の保存」と「環境教育」という新しい動物園の活動目的を達成していきます。
大正12年の関東大震災のあと整備された野毛山公園は、大正15年9月18日、回遊方式庭園(現在の動物園地区)、洋風庭園(旧どうぶつ広場地区)、 和洋折衷庭園(老松中学隣接地区)と三区三様の特徴ある公園として開園しました。
この野毛山公園が、昭和24年3月15日から3ケ月、横浜市主催の日本貿易博覧会の第1会場に選ばれました。 この会場の一部に展示したクマ、キツネ、タヌキなどの動物が多くの皆さんに喜ばれたため、 閉会後これらの動物にアジアゾウ、ニホンザルなどを加え動物園とし、さらに遊戯具を設け、昭和26年4月1日、 「野毛山遊園地」として開園しました。
その後、昭和39年6月、遊園地地区の地下に貯水池を建設するため遊園地部分を閉園したのを機会に、動物園を無料としました。 平成13年には、開園50周年を迎え、平成14年11月には、約4年間をかけた大規模な改修工事が終了し、リニューアルオープンしました。
昭和54年4月には、旭区の「こども自然公園」内に野毛山動物園の分園として、ウシ、ブタ、ヤギなどの 家畜を主体とした「万騎が原ちびっこ動物園」が開園しました。
昭和57年3月には、野毛山動物園の分園として、金沢動物園が開園しました。当初は、アメリカ区にオオツノヒツジなど3種 10点を展示し、一次開園しました。
その後、順次公開区域を広げ、昭和63年4月に野毛山動物園から独立、平成元年3月には、アミメキリンの公開展示によりアフリカ区が全面公開となり、 動物園が全面完成しました。
平成11年4月には、動物の展示場に生息環境にできるだけ近づける「生息環境展示」を全園的に取り入れた、よこはま動物園が開園し、ズーラシアという公共施設としては斬新な愛称もあり、横浜市を代表する名所として親しまれています。
また、よこはま動物園の敷地の一角には、繁殖センターを併設しており、希少野生動物の「種の保存」のために市内3動物園の研究センターとして機能しています。